百人一首の風景                3    4
百人一首の風景 柿本人麻呂 山鳥の尾 秋の夜 石見国(島根県) 拾遺集 万葉歌人
3柿本人麻呂 あしびきの 山鳥の尾の しだり尾の ながながし夜を ひとりかもねむ

阪本桃水(純子)書
歌意
山鳥のあのたれさがった尾のように長い長い秋の夜を、恋しい人とも離れて、ただ一人わびしく寝ることであろうかな。

歌の背景
「秋の夜が長い」というのは、昔からよくいわれたこと。この歌は、長い夜に恋しい人とはなれて一人で寝る気持ちを歌っている。
山鳥は、オスの尾が長いので、「長い」ことを表わすのに使われた。また、山鳥は、昼はオスとメスが一緒に居ても、夜は別々にねむる習性を持つといわれ、「ひとりね」を連想させた。昔の人は、山鳥から夜の長さと、さびしさの両方を実感したのである。
作者プロフィール
.柿本人麻呂
万葉集を代表する歌人。持統天皇・文武天皇のころの宮廷歌人で、「柿本人麻呂歌集」も残る。石見国(島根県)で亡くなった。
平安時代以降、歌や学問の神様として尊敬され、全国に人麻呂をまつった神社がいくつもある。

歌碑

歌碑説明文

歌碑 嵐山公園亀山地区
柿本人麻呂(かきのもと の ひとまろ)
柿本人麻呂(660年頃~ 720年頃)は、飛鳥時代の歌人。名は「人麿」とも表記される。後世、山部赤人とともに歌聖と呼ばれ、称えられている。また三十六歌仙の一人で、平安時代からは「人丸」と表記されることが多い。
柿本氏は、孝昭天皇後裔を称する春日氏の庶流に当たる。人麻呂の出自については、父を柿本大庭、兄を柿本猨(佐留)とする後世の文献がある。また、同文献では人麻呂の子に柿本蓑麿(母は依羅衣屋娘子)を挙げており、人麻呂以降子孫は石見国美乃郡司として土着、鎌倉時代以降益田氏を称して石見国人となったされる。

経歴
一般には天武天皇9年(680年)には出仕していたとみられ、天武朝から歌人としての活動をはじめ、持統朝に花開いたとみられることが多い。ただし、近江朝に仕えた宮女の死を悼む挽歌を詠んでいることから、近江朝にも出仕していたとする見解もある
賀茂真淵によって草壁皇子に舎人として仕えたとされ、複数の皇子・皇女(弓削皇子・舎人親王・新田部親王など)に歌を奉っている。近時は宮廷歌人であったと目されることが多いが、宮廷歌人という職掌が持統朝にあったわけではなく、結局は不明というほかない。ただし、確実に年代の判明している人麻呂の歌は持統天皇の即位からその崩御にほぼ重なっており、この女帝の存在が人麻呂の活動の原動力であったとみるのは不当ではないと思われる。
『万葉集』巻2に讃岐で死人を嘆く歌が残り、また石見国は鴨山での辞世歌と、彼の死を哀悼する挽歌が残されているため、官人となって各地を転々とし最後に石見国で亡くなったとみられる。
Wikepediaより引用

拾遺和歌集11首 小倉百人一首文化財団建立 嵐山公園亀山地区拾遺集ゾーン

拾遺和歌集(しゅういわかしゅう)
拾遺和歌集は、古今集後撰集に次ぐ第三番目の勅撰和歌集で、いわゆる「三代集」の最後にあたる。一条天皇の代、1006年頃の成立か。

春、夏、秋、冬、賀、別、物名、雑(上・下)、神楽歌、恋(五巻)、雑春、雑秋、雑賀、雑恋、哀傷の二十巻、約1350首からなる。雑春・雑恋といった部類を持つ構成はかなり独創的なものである。
「拾遺」の名は前代の勅撰集に漏れた秀歌を拾い集める意で、その名の通り、この集では紀貫之(107首)をはじめとする古今歌人が引き続き多数入集する一方、柿本人麿(104首)ら万葉歌人が再評価され、大中臣能宣(59首)・清原元輔(48首)・平兼盛(39首)ら後撰集時代の歌人の作が新たに補われた。また、
『拾遺集』は当時の歌壇の流れに乗った平明優美な歌風で、賀歌・屏風歌・歌合など晴れの歌が多いが、殊に恋歌はすぐれ、小倉百人一首に8首も採られている。
百人一首11首
 3.柿本人麻呂     あしびきの 山鳥の尾の ながながし夜を ひとりかもねむ
26.貞信公        小倉山 峰のもみじ葉 心あらば 今ひとたびの みゆき待たなむ
38.右近         忘らるる 身をば思はず 誓ひてし 人の命の 惜しくもあるかな
40.平 兼盛       忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は 物や思ふと 人の問ふまで
41.壬生忠見      恋すてふ わが名はまだき 立にけり 人知れずこそ 思ひそめしか
43.権中納言敦忠   逢ひ見ての 後の心に くらぶれば 昔は物を 思はざりけり
44.中納言朝忠     逢ふことの 絶えてしなくは なかなかに 人をも身をも 恨みざらまし
45.謙徳公        あはれとも いふべき人は 思ほえで 身のいたづらに なりぬべきかな
47.恵慶法師      八重葎 しげれる宿の さびしきに 人こそ見えね 秋は来にけり
53.右大将道綱母   嘆きつつ ひとりぬる夜の 明くる間は いかに久しき ものとかは知る
55
大納言藤原公任 滝の音は 絶えて久しく なりぬれど 名こそ流れて なほ聞こえけれ


保津川

展望台より

展望台

展望台へ

御陵
2015年8月4日写真撮影

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