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百人一首の風景 奈良県桜井市 初瀬 梅 春
35紀 貫之 人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける

阪本桃水(純子)書
歌意
 あなたのほうは、さあ、どうだか、お心のうちはわかりません。ひょっとしたらお心も変わってしまったかもしれませんが、昔なじみのこの土地では、梅の花だけは昔のままのかおりで咲き匂っていることです。

作者プロフィール
紀貫之(866年~945年)は、平安時代前期から中期の歌人、随筆家です。三十六歌仙の一人。紀友則は従兄弟です。
905年、醍醐天皇の命により初の勅撰和歌集「古今和歌集」を紀友則、壬生忠岑、凡河内躬恒と共に編纂し、平仮名による序文である仮名序を執筆しました。
随筆家としては「土佐日記」の著者として有名です。

紅梅の樹
初瀬
初瀬(はせ)は、奈良県桜井市の東部(国道165号線沿い)に位置しています。古くは「はつせ」と呼ばれ、雄略天皇が初瀬朝倉宮(はつせあさくらのみや)を置き、用明天皇の時代に飛鳥へ遷都するまで都でした。
歌の背景
紀貫之が初瀬(奈良の長谷寺)にお参りするたびに泊まっていた宿を久し振りに訪れたとき、「いつも待っておりましたのに・・・」と言われました。近くにあった梅の花を折って、返事として詠んだ歌です。

歌碑(嵐山亀山公園)

歌碑説明文
歌碑(小倉百人一首文化財団建立)
紀 貫之(き の つらゆき)
紀 貫之は、平安時代前期の歌人。『古今和歌集』の選者のひとり。また三十六歌仙のひとりでもある。紀友則は従兄弟にあたる。

概略
紀望行の子。幼名を「内教坊の阿古久曽(あこくそ)」と称したという。貫之の母が内教坊出身の女子だったので、貫之もこのように称したのではないかといわれる。
延喜5年(905年)、醍醐天皇の命により初の勅撰和歌集である『古今和歌集』を紀友則・壬生忠岑・凡河内躬恒と共に編纂し、仮名による序文である仮名序を執筆した。(真名序を執筆したのは紀淑望)「やまとうたは人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける」で始まるこの仮名序は、後代の文学に大きな影響を与えた。また『小倉百人一首』にも和歌が収録されている。理知的分析的歌風を特徴とし、家集『貫之集』を自撰した。
散文作品としては『土佐日記』がある。日本の日記文学で完本として伝存するものとしては最古のものであり、その後の仮名日記文学や随筆、女流文学の発達に大きな影響を与えた。
Wikipediaより引用

奈良県桜井市初瀬地区

初瀬165号線

旅館街

初瀬川

長谷寺門前

長谷寺
写真撮影2008年5月24日

所在地 奈良県
交 通 JR
     西名阪高速道路

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(担当 / 阪本)