百人一首の風景                58    59
百人一首の風景 大弐三位藤原賢子 兵庫県猪名川 有馬山 後拾遺集
58大弐三位藤原賢子 有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする

阪本桃水(純子)書
歌意
有馬山に近い猪名野の笹原に風が吹き渡るとそよそよと音をたてる。その音のように、そよ(そうよ)、どうしてあなたを忘れてしまうはずがありましょうか。決して忘れてはいません。

歌の背景

恋人が久し振りに「あなたが心変わりしていないか心配です」という歌をおくってきたので、「私は忘れていないけれど、あなたの方こそ、忘れているんじゃない?」と、皮肉を込めて返した歌である。

歌碑(馬町瑞宝寺公園
作者プロフィール
大弐三位
紫式部の娘。藤原兼隆と結婚し、後冷泉天皇の乳母となるが、後に大弐三位高階成章と再婚。大弐三位の本名は藤原賢子。三歳で父の藤原宣孝と死別。

歌碑(嵐山亀山公園)

歌碑小倉百人一首文化財団建立
大弐三位(だいにのさんみ)
大弐三位(999年頃~1082年頃)は、平安中期の女流歌人。女房三十六歌仙の一人。藤原宣孝の女、母は紫式部。本名は藤原賢子(ふじわら の かたいこ/けんし)。藤三位(とうのさんみ)、越後弁(えちごのべん)、弁乳母(べんのめのと)とも呼ばれる。

経歴
長保3年(1001年)3歳ごろ父と死別。長和6年(1017年)18歳ごろ、母の後を継ぎ一条院の女院彰子(上東門院)に女房として出仕。この間、藤原頼宗、藤原定頼、源朝任らと交際があったことが知られている。その後、関白・藤原道兼の次男・兼隆と結婚、一女をもうけた。万寿2年(1025年)、親仁親王(後冷泉天皇)の誕生に伴い、その乳母に任ぜられた。長暦元年(1037年)までの間に東宮権大進・高階成章と再婚、同2年(1038年)高階為家を生む。他に、一女をもうけている。天喜2年(1054年)、後冷泉天皇の即位とともに従三位に昇叙、夫・成章も大宰大弐に就任した
Wikipediaより引用

兵庫県神戸市北区有馬町瑞宝寺公園内歌碑 有馬ライオンズクラブ昭和63年10月建立 宮崎辰雄神戸市長揮毫 

歌碑

歌碑文

歌碑説明碑

有馬山

瑞宝寺公園
2015年10月3日写真撮影

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