百人一首の風景                20    21
百人一首の風景 大阪市 難波 後撰集
20元良親王 わびぬれば 今はた同じ 難波なる みをつくしても 逢はむとぞ思ふ
元良親王
阪本桃水(純子)書
歌意
(うわさが立って)つらい思いをしていますので、今となってはもう同じことです。難波の「みをつくし」という言葉のように、いっそ我が身を滅ぼしてでもお会いしたいと思います。

歌の背景
元良親王が天皇の妻である藤原褒子(ほうし)と恋仲であることが世間に知られてしまった時の歌である。
禁じられた恋が宇多天皇に知られ元良親王は行いを慎むように言われるがその直後に詠まれたのがこの歌である。
作者プロフィール
元良親王(もとよししんのう)
890年~943年
陽成院の第1皇子。多くの女性と恋をしたといわれ、贈答歌が多く残る。「大和物語」などにも登場する。
宇多天皇の妃の藤原褒子(ほうし)とも、禁じられた恋に落ちた。

歌碑(野宮広場)

歌碑説明碑

歌碑(小倉百人一首文化財団建立)

澪標(みおつくし、みおづくし、みおじるし、みをつくし)
みおつくし(澪標)は川の河口などに港が開かれている場合、土砂の堆積により浅くて舟(船)の航行が不可能な場所が多く座礁の危険性があるため、比較的水深が深く航行可能な場所である澪との境界に並べて設置され、航路を示した。同義語に澪木(みおぎ)・水尾坊木(みおぼうぎ)などがある。
澪標は古くより「水の都(水都)」と謳われていた大阪(難波宮、難波・浪速・大坂)との関連性が強く、その意匠は近代に大阪市の市章等として採用されている。
また、和歌では「身を尽くし」との掛詞で用いられる事もあり、平安時代に詠まれた元良親王の「わびぬれば 今はたおなじ 難波なる みをつくしても 逢はむとぞ思ふ(小倉百人一首20番)」などが代表的である。

水の都大阪の風景(堂島周辺・中之島・大阪市役所・淀屋橋周辺)

写真撮影2015年7月5日


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