百人一首の風景                88    89
百人一首の風景 大阪市 難波江 葦 恋 千載集
88皇嘉門院別当 難波江の 葦のかりねの ひとよゆゑ みをつくしてや 恋ひわたるべき

阪本桃水(純子)書
歌意
難波の入江の葦の切り株の一節のような旅先のはかない仮寝の一夜のかりそめの契りを結んだばかりに、これから先、私はひたすらに身を捧げ恋い続けなければならないのだろうか。

難波江
難波江は摂津国難波(大阪市)の入江で、現在の大阪湾の一部。葦が生える低湿地で、この一帯は「難波江」とか「難波潟」と呼ばれていた。
西国へ旅する人の多くは、難波江から船に乗って旅だったので、旅の歌にもよく詠まれた場所である。
作者プロフィール
皇嘉門院別当
源俊隆の娘で、崇徳院皇后の聖子(皇嘉門院)に仕えた女房。
歌碑
歌碑 百人一首88皇嘉門院別当
皇嘉門院別当
歌碑説明文
歌碑 千載集ゾーン
歌碑 小倉百人一首文化財団建立 千載集ゾーン


皇嘉門院別当
(こうかもんいんのべっとう:生没年不詳)
皇嘉門院別当は、平安時代末期の女流歌人。父は源俊隆。大蔵卿源師隆の孫にあたる。

崇徳天皇の中宮皇嘉門院藤原聖子(摂政藤原忠通の娘)に仕えた。皇嘉門院聖子が忠通の子で兼実の姉であることから、1175年(安元元年)の『右大臣兼実家歌合』や1178年(治承2年)の『右大臣家百首』など、兼実に関係する歌の場に歌を残している。1182年(養和元年)皇嘉門院聖子が没したときにはすでに出家していた。



背景
女性の恋の歌というと、女性の許へ夫が出かけていくという「通い婚」が慣習だった時代、恋しい人を待つ歌が多いが、これは旅先で一夜の契りを交わした男のことが忘れられない、という歌である。
旅先で出会った人との一夜限りの短い恋。難波の入り江に生えている芦の切った節のように短くはかない逢瀬だったのに、それゆえに一生身を焦がすような想いがつのってしまった。
こんな激情を「芦の刈り根」と「仮寝」、「一節(ひとよ)」と「一夜(ひとよ)」、「澪標(みおつくし)」と「身をつくし」 などを掛詞としてあしらい、技巧を凝らし尽くした歌として表現。12世紀の頃は、難波潟のあたりには遊女が多くいたそうで、この歌はそうした遊女の立場に自分を置いて、哀しい女のはかない恋を歌ったようである。
写真撮影

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