百人一首の風景                60    61
百人一首の風景 京都府福知山・宮津 大江山 生野 天の橋立
60小式部内侍 大江山 いくのの道の 遠ければ まだふみもみず 天の橋立 

阪本桃水(純子)書
歌意
大江山を越え、生野を通って行くその道のりが遠いので、まだあの名勝の天の橋立は踏んでみたこともありません。もちろん母からの文も見ていません。
母、和泉式部が丹後にある頃、歌合せの歌人に選ばれ、藤原定頼が「歌はどうするの?お母さんのいる丹後国へお使いは出されましたか?」と、からかった時に、すぐによんだのがこの歌です。
小式部内侍
大江山・生野
京都市西京区の老野坂とも、京都府福知山市の大江山ともいわれている。
生野は、福知山市にある地名である。
天の橋立
天の橋立は、丹後の国与謝郡(今の宮津市)にある地名で、日本三景の一つ。逆さに見ると、天にかかる橋のように見えることからこの名がついた
作者プロフィール
小式部内侍(こしきぶのないし)
1000年〜1025年
父は橘道貞、母は和泉式部。幼い頃から歌の才能を発揮し、母とともに中宮彰子に仕えたが、若くして亡くなる。

小式部内侍は、母と同じように多くの男性と恋をします。しかし、藤原公成の子を出産した後、20代半ばでなくなってしまう。
小式部内侍
小式部内侍歌碑

歌枕の地「生野の里」碑

小式部内侍看板

歌枕
土地や名所などの地名。その地名を使うことによって、決まったイメージを思い起こさせる言葉。
この歌では、「大江山」「生野」「天の橋立」と歌枕を三カ所も並べている。
生野の里
歌枕の地「“生野の里」百人一首にある和泉式部の娘・小式部内侍が詠んだ“大江山生野の道の遠ければ まだふみも見ず天橋立”

JRバス停生野の里

看板国道9号線沿い

歌枕の地“生野の里”

本陣もあった街道

生野の里の案内板
天橋立

天橋立

股覗き

天橋立

展望台

天橋立

所在地 京都府福知山市、宮津市
交 通 最寄駅 ・生野の里:国道9号線 JR生野里バス停 福知山市生野
          ・北近畿タンゴ鉄道天橋立駅 宮津市天橋立

小倉百人一首文化財団建立 京都嵐山東公園「金葉集ゾーン」 小式部内侍歌碑
小式部内侍歌碑 小式部内侍歌碑説明文
若くして亡くなった娘小式部内侍に母和泉式部が詠んだ歌
「とどめおきて 誰をあはれと 思ふらむ 子はまさりけり 子はまさるらむ」和泉式部(後拾遺和歌集)
歌意:子供と私を置いて行ってしまって、娘はどちらをかわいそうだと思っているでしょうか。きっと親である私より子どもを思っているのでしょう。
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(担当 / 阪本)