百人一首の風景                43    44
百人一首の風景 逢ひ見ての 恋歌
43権中納言敦忠 逢ひ見ての 後の心に くらぶれば 昔は物を 思はざりけり

阪本桃水(純子)書
歌意
あなたにお会いしてから後の、この恋しくせつない今の気持ちに比べると、会わなかった以前は何も物思いをしなかったと、今になっては考えます。
作者プロフィール
.権中納言敦忠
906年~943年
本名は、藤原敦忠。藤原時平の子で、母は在原業平の孫。多くの恋をした人で、右近との恋は有名。

歌碑(嵐山亀山公園)

歌碑案内碑

歌碑(小倉百人一首文化財団建立)

歌碑 長岡京市小倉山荘内
「あひてあはざる恋」とは、
百人一首のよまれた時代、恋の歌は、「忍恋(しのぶるこい)」と「あひてあはざる恋」(一度思いが通じた後の恋心)に分けられた。
敦忠の歌は、「あひてあはざる恋」を代表するもので、一度、女性に会ってからの、複雑な心境をよんでいる。

小倉山荘庭園
藤原 敦忠(ふじわら の あつただ)
藤原 敦忠(延喜6年(906年) - 天慶6年3月7日(943年4月18日))は、平安時代中期の公家・歌人。藤原北家、左大臣・藤原時平の三男。官位は従三位・権中納言。三十六歌仙の一人。通称は枇杷中納言・本院中納言。小倉百人一首では権中納言敦忠。

経歴
延喜21年(921年)従五位下に叙爵、延喜23年(923年)侍従に任ぜられる。左兵衛佐・右衛門佐・左近衛権少将と武官を経て、承平4年(934年)従四位下・左近衛権中将兼蔵人頭に任ぜられる。天慶2年(939年)従四位上・参議に叙任され公卿に列す。
天慶5年(942年)には先任の参議4名(源高明・源清平・藤原忠文・伴保平)を越えて、一挙に従三位・権中納言に叙任されるが、翌天慶6年(943年)3月7日薨去。享年38。
Wikipediaより引用

写真撮影

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