百人一首の風景                63    64
百人一首の風景 左京太夫通雅 今はただ 恋歌 後拾遺集
63左京太夫通雅 今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを 人づてならで いふよしもがな

阪本桃水(純子)書
歌意
今はただあなたへの思いをあきらめてしまおう、ということだけを、人伝てにではなく、直接あなたに会って言いたいと思うだけです。

歌の背景
藤原通雅は、 三条天皇の皇女との恋愛を、天皇によって引き裂かれた悲しみを 歌った歌。 「今はもう諦めようと思うけど、直接会って伝えたい」というのは. 二度と 会えない人への「今一度だけ」という気持ちを素直に表現している。

作者プロフィール
左京太夫通雅
.993年~1054年
本名は、藤原通雅。藤原伊周の子。祖父の藤原道隆に愛された。幼いころに父が地位を失い、不幸な人生をおくった。
通雅は、斎宮だった当子内親王のもとへ通っていた。斎宮の恋愛は禁じられていた。当子の父である三条院はひどくおこり、二人はひきさかれた。

歌碑

歌碑 小倉百人一首文化財団建立
藤原 道雅(ふじわら の みちまさ)
藤原 道雅は平安時代中期の公卿・歌人。儀同三司伊周の長男。一条天皇皇后定子の甥にあたる。小倉百人一首では左京大夫道雅。
祖父の中関白道隆に溺愛されて育つが、995年に道隆は死去、さらに、翌年内大臣という高位にあった父・伊周が花山法皇に対し弓を射掛ける不敬事件を起こし大宰権帥に左遷され(長徳の変)、実家の中関白家が没落する中で成長する。
更に伊勢斎宮を退下し帰京した当子内親王と密通し、これを知った内親王の父三条院の怒りに触れて勅勘を被った。また、仲を裂かれた当子内親王は翌1017年に病により出家した
恋も出来ない聖職の女性
天皇の代わりに、神に仕える人を斎王(さいおう)という。その中で、伊勢神宮に仕えるのが斎宮(さいぐう)、上賀茂神社に仕えるのが斎院(さいいん)である。斎王は結婚していない内親王、または皇族の女子の中から、占いで選ばれた。

写真撮影

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(担当 / 阪本)