百人一首の風景                51    52
百人一首の風景 藤原実方朝臣 岐阜県伊吹山 恋 後拾遺集
51藤原実方朝臣 かくとだに えやはいぶきの さしも草 さしも知らじな 燃ゆる思ひを

阪本桃水(純子)書
歌意
私があなたを恋していることの深さは、このようだとだけでも口に出していうことができない。伊吹山のさしも草ではないけれど、こんなにも燃える恋の思いを、あなたは知らないでしょう。

伊吹山とさしも草
伊吹山は標高1377m、岐阜県と滋賀県の県境にそびえる山である。ここには「不破の関」が置かれ、古くから歌に詠まれてきた土地である。
伊吹山の名物は薬草で、さしも草(ヨモギ)は、お灸に使うもぐさの原料。お灸は皮膚の上で燃やすことで血の流れをよくして、体を元気にします。
作者プロフィール
藤原実方朝臣
~998年
藤原忠平の孫。花山天皇と一条天皇に仕えた。宮中でいさかいを起こして地位を下げられ、陸奥(宮城県名取市)で死去。


藤原 実方(ふじわら の さねかた)
藤原 実方は、平安時代中期の貴族・歌人。左大臣・藤原師尹の孫、侍従・藤原定時の子。中古三十六歌仙の一人。
父・定時が早逝したため、叔父の大納言・済時の養子となる。花山・一条両天皇に仕え、従四位上・左中将に至った。しかし、長徳元年(995年)に一条天皇の面前で藤原行成と歌について口論になり、怒った実方が行成の冠を奪って投げ捨てるという事件が発生する。行成は取り乱さず、主殿司に冠を拾わせ事を荒立てなかった。これが原因で天皇の怒りを買い、「歌枕を見てまいれ」と命じられ、実方は陸奥守に左遷され現地に下向。一方の行成は蔵人頭に抜擢された

逸話 藤原公任・源重之・藤原道信などと親しかった。風流才子としての説話が残り、清少納言と交際関係があったとも伝えられる。他にも20人以上の女性との交際があったと言われ、『源氏物語』の主人公・光源氏のモデルの一人とされることもある。
実方の墓は、宮城県名取市にある。江戸時代には松尾芭蕉が「奥の細道」の旅で訪れ、俳句を残している。「笠嶋はいづこさ月のぬかり道 (かさじまは いずこさつきの ぬかりみち)
Wikipediaより引用

伊吹山2011年8月28日写真撮影

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