百人一首の風景              99    100
百人一首の風景 島根県隠岐2 京都 続後撰和歌集
99後鳥羽院 人もをし 人もうらめし あぢきなく 世を思ふゆゑに 物思ふ身は

阪本桃水(純子)書
歌意
時には人がいとしくもあり、時には人がうらめしくも思われる。世の中を思うようにならず、にがにがしいと思うために、あれこれと物思いの絶えない私にとっては。


 人間がいとしくも、うらめしくも思えるという心情である。個人的な思いではなく、天皇という立場にある人のつらさが実感される。
 この歌は、後鳥羽院が33歳の時に詠んだ歌だとされ、鎌倉幕府との争いに悩んでいたころと思われる。
 この歌をよんだ9年後、後鳥羽院は鎌倉幕府との争い(承久の乱)に負けて、隠岐の島へ流刑にされる。
作者プロフィール
後鳥羽院
1180年~1239年
高倉天皇の第4皇子。五歳で天皇になり、19歳で位を譲る。「承久の乱」で隠岐へ追放され、そこで亡くなった。


歌碑

説明文

歌碑(嵐山東公園内)

嵐山

嵐山東公園

嵐山東公園碑

続後撰集2首

百人一首歌碑分布

百人一首と続後撰和歌集 2首 歌碑建立(小倉百人一首文化財団)
続後撰和歌集 続後撰和歌集(しょくごせんわかしゅう)
続後撰和歌集は、後嵯峨上皇の命により1248年7月25日、奉勅。1251年10月27日、奏覧された10番目の勅撰和歌集。撰者は藤原為家。20巻。歌人は藤原定家、藤原俊成、後鳥羽上皇、後嵯峨上皇などでおよそ1400首を納める。


百人一首と続後撰和歌集2首
99.後鳥羽院 人もをし 人もうらめし あぢきなく 世を思ふゆゑに 物思ふ身は
100.順徳院 ももしきや 古き軒端の しのぶにも なほあまりある 昔なりけり
写真撮影

お勧めの観光スポット
観光地
周辺情報
温 泉
宿 泊
お買物場所
随時紹介していきます。
お問い合わせ先
リストマーク 光情報株式会社
  〒636-0023
奈良県北葛城郡王寺町太子1丁目12番4号
TEL:0745-33-7232 FAx:0745-33-7233
(担当 / 阪本)