百人一首の風景                13    14
百人一首の風景 茨城県つくば市筑波山 男女川 後撰集
13陽成院 筑波嶺の 峰より落つる みなの川 恋ぞつもりて 淵となりぬる

阪本桃水(純子)書
歌意
筑波山の峰から流れ落ちるみなの川がつもりつもって、ついには深い淵となるように、我が恋もつもりつもって淵のように深くなったことだ。
ゆかりの地
筑波山
茨城県つくば市にある有名な山。山頂が男体山(なんたいざん)と、女体山(じょたいざん)の二つに分かれている

男女川(みなのがわ)
水無乃川とも書く。男体山と、女体山の峰から流れ出て桜川に合流して、霞ケ浦に流れ込む。

歌の背景
最初はほのかだった恋心が、時とともにゆっくりと深くなって行くのを、筑波山の頂から流れ落ちる男女川(みなのがわ)がだんだん太い流れになり、深い淵になる様子に例えて詠った。
陽成院は筑波山に行ったことはなく、想像で歌にしていたようである。
作者プロフィール
陽成院
869年~949年
清和天皇の皇子。9歳で天皇になるが、病気のため17歳で退位させられる。その後60年以上を上皇として過ごした。



歌碑(嵐山野宮広場)

歌碑説明文

歌碑(小倉百人一首文化財団建立)
陽成院
陽成天皇(ようぜいてんのう、貞観10年12月16日(869年1月2日) - 天暦3年9月29日(949年10月23日))は、平安時代前期の第57代天皇(在位:貞観18年11月29日(876年12月18日) - 元慶8年2月4日(884年3月4日))。諱は貞明(さだあきら)。

略歴
生後3ヶ月足らずで立太子し、貞観18年(876年)11月に9歳で父清和天皇から譲位される。父帝に続く幼年天皇の登場であり、母藤原高子の兄藤原基経が摂政に就いた。在位の初めは、父上皇・母皇太后および摂政基経が協力して政務を見たが、元慶4年(880年)に清和が崩じてからは基経との関係が悪化したらしく、元慶7年(883年)8月より基経は出仕を拒否するようになる。
Wikipediaより引用

写真撮影

お勧めの観光スポット
観光地
周辺情報
温 泉
宿 泊
お買物場所
随時紹介していきます。
お問い合わせ先
リストマーク 光情報株式会社
  〒636-0023
奈良県北葛城郡王寺町太子1丁目12番4号
TEL:0745-33-7232 FAx:0745-33-7233
(担当 / 阪本)