百人一首の風景                31    32
百人一首の風景 奈良県吉野郡 吉野の里 雪 冬
31坂上是則 朝ぼらけ 有り明けの月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪
坂上是則 朝ぼらけ
阪本桃水(純子)書
歌意
 ほのぼのと夜の明けるころ、有り明けの月の光かと思われるほどに、吉野の里に白く降り積もっている雪だなあ。

坂上是則作(古今集 冬)

作者プロフィール
坂上是則(さかのうえのこれのり、生没年未詳)は、平安時代前期から中期にかけての歌人。征夷大将軍坂上田村麻呂の子孫で、父は従四位上右馬頭坂上好蔭。子に後撰和歌集の選者坂上望城(もちき)がいます。
延長二年924年従五位下に叙せられ、加賀介に任ぜられました。歌人としては三十六歌仙の一人です。

歌碑(嵐山亀山公園)

歌碑説明碑

歌碑(小倉百人一首文化財団建立)
坂上 是則(さかのうえ の これのり
坂上 是則(生年不詳 - 延長8年(930年))は、平安時代前期から中期にかけての貴族・歌人。右馬頭・坂上好蔭の子。子に望城がいる。官位は従五位下・加賀介。三十六歌仙の一人。生年不詳 - 延長8年(930年))は、平安時代前期から中期にかけての貴族・歌人。右馬頭・坂上好蔭の子。子に望城がいる。官位は従五位下・加賀介。三十六歌仙の一人。

経歴
延喜8年(908年)大和権少掾、のち少監物・中監物・少内記を経て、延喜21年(921年)大内記、延長2年(924年)従五位下・加賀介に至る。
「寛平后宮歌合」や「大井川行幸和歌」など、宇多朝から醍醐朝にかけての和歌行事に度々進詠し、『古今和歌集』の撰者らに次ぐ歌人であった。『古今和歌集』(7首)以下の勅撰和歌集に39首が入集。家集に『是則集』がある。
また、蹴鞠に秀でていたらしく、延喜5年(905年)3月2日、宮中の仁寿殿において醍醐天皇の御前で蹴鞠が行われ、そのとき206回まで続けて蹴って一度も落とさなかったので、天皇はことのほか称賛して絹を与えたという
Wikipediaより引用
ゆかりの地
吉野の里は、今の奈良県吉野地方。桜の名所として名高いが、春の訪れの遅い土地、雪深い里としても和歌によく詠まれています。また、古い由緒をもつ、王朝人たちの「ふるさと」でもあります。

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