百人一首の風景                67    68
百人一首の風景 京都市 宮中 春の夜 千載集
67周防内侍 春の夜の 夢ばかりなる たまくらに かひなく 立たむ 名こそをしけれ

阪本桃水(純子)書
歌意
短い春の夜の夢のように、あなたの腕を枕としてお借りしたりすれば、つまらないうわさが立つでしょう。それはくやしいではありませんか。

背景
ある春の夜、御所で女房(天皇や天皇の妻に仕える女性)たちが語り合っていた時のこと、横になって「枕があればいいのに」とつぶやいた周防内侍。その言葉を耳にして、「これを枕にしなさい」と藤原忠家が御簾の下から腕を差し入れた。
周防内侍はその申し出に対して、とっさに機転をきかせて、この歌を詠み、上手くかわしたのである。
作者プロフィール
周防内侍
周防守平棟仲の娘。本名は仲子,
後冷泉天皇に仕え、白河天皇や堀川天皇にも仕えた。

歌碑 周防内侍
歌碑 嵐山東公園千載集ゾーン

周防内侍(すおうのないし)
周防内侍(生没年不詳:1037年頃~ 1109年以後 1111年以前)は、平安時代後期の歌人である。女房三十六歌仙の一人。本名は平仲子(たいらのちゅうし)。父は「和歌六人党」の一人、桓武平氏周防守従五位上平棟仲。母は加賀守従五位下源正軄の娘で、後冷泉院女房、小馬内侍と称した人と言う。掌侍正五位下に至る。

経歴
はじめ後冷泉天皇に出仕、1068年(治暦4年)春崩御後は家でふさぎこんでいたが、後三条天皇即位により7月7日から再出仕せよとの命を受け、以後白河天皇、堀河天皇に至る計4朝に仕えた。歌合等にも度々参加し、公家・殿上人との贈答歌も残されている。『後拾遺和歌集』以降の勅撰集、家集『周防内侍集』等に作品を残す。1108年(天仁元年)以後、病のため出家、1111年(天永2年)までの間に没したようである。
写真撮影

京都御所(きょうとごしょ)
京都御所は、京都市上京区にある皇室関連施設で、14世紀以来、1869年までの間、内裏、すなわち歴代天皇が居住し儀式や公務を執り行う場所であった。現在は宮内庁京都事務所が管理している。
平安遷都(延暦13年・794年)時の内裏は、現在の京都御所よりも1.7キロ西の千本通り沿いにあった。現在の京都御所は、もと里内裏(内裏が火災で焼失した場合などに設けられた臨時の内裏)の一つであった土御門東洞院殿の地である。南北朝時代(14世紀半ば)から内裏の所在地として定着し、明徳3年(1392年)の南北朝の合一以後、ここが正式の皇居となって明治2年(1869年)、明治天皇の東京行幸時まで存続した。明治以降は京都皇宮(きょうとこうぐう)とも称される。
お勧めの観光スポット
観光地
周辺情報
温 泉
宿 泊
お買物場所
随時紹介していきます。
お問い合わせ先
リストマーク 光情報株式会社
  〒636-0023
奈良県北葛城郡王寺町太子1丁目12番4号
TEL:0745-33-7232 FAx:0745-33-7233
(担当 / 阪本)