百人一首の風景                22    23
百人一首の風景 京都市 山風 秋 古今集
22文屋康秀 ふくからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を あらしといふらむ

阪本桃水(純子)書
歌意
山から風が吹くと、すぐに秋の草や木がしおれるので、なるほどそれで、山から吹き降ろす風のことを、あらし(嵐)というのだろう。


背景
言葉あそびの和歌。「山」と「風」という漢字を足すと「嵐」という字になる。「あらし」は「荒らし」の意味で、その言葉に「嵐」という字を当てたのであるが、それを上手に詠み込んでいる。
作者プロフィール
文屋康秀
六歌仙の一人。小野小町とも親しかった。三河・山城の地方官をつとめた。

歌碑 文屋康秀は右側

歌碑文

押立神社の鳥居前に建立
文屋 康秀(ふんや の やすひで)
文屋 康秀(生年不詳~885年)は、平安時代前期の歌人。文琳とも。縫殿助・文屋宗于または大舎人頭・文屋真文の子。子に文屋朝康がいる。官位は正六位上・縫殿助。六歌仙・中古三十六歌仙の一人。

官人としては877年山城大掾、880年縫殿助に任官したことが伝わる程度で卑官に終始した。
文屋康秀は、いまから1100年ほど前のあまり地位の高くなかった官僚である。第9番の歌人である小野小町(おののこまち)と交流があったことがわかっている。和歌を詠むのが上手で、第35番の歌人である紀貫之(きのつらゆき)が選んだ、六人の優れた歌人『六歌仙』のひとりにも選ばれている。

押立神社

鳥居

押立神社

大門(重要文化財)

拝殿・本殿(重要文化財)

押立神社の由来
押立神社とは
 田園の中にある押立郷(おしたてごう)の総氏神(そううじがみ)で、「大宮さん」の名で親しまれている。開基は奈良時代後期といわれ、火産霊神(ほうぶすながみ)と伊邪那美命(いざなみのみこと)を祀っている。木々がうっそうと茂る静かな境内には、南北朝時代に建立された大門と本殿が落ち着いた構えを見せ、どちらも国指定の重要文化財になっている。普通、本殿は拝殿より高い位置にあるとされているが、この押立神社は、本殿と拝殿が同じ高さにあることが珍しい。
 60年に一度行われる大祭のドケ祭は、鬼の面を被り、太鼓を持った踊り手が囃しに合わせて踊り狂う奇祭。祭神である2神を祭ったお渡りの儀式がそのまま残ったもので、ドケという名前は、道化がなまったものといわれている。最近では、昭和46年に行われ、次回祭が行われるのは平成43年。また、祭りで使われる装束などが境内右手にある宝物殿に展示され、見ることができる。<重文>本殿、大門
所在地:東近江市北菩提寺町356  問い合せ:押立神社(電話0749-45-2094)
写真撮影

京都嵐山公園亀山地区(小倉百人一首文化財団建立)22文屋康秀 古今集
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