百人一首の風景                59    60
百人一首の風景 やすらわで 月 恋歌 後拾遺集
59赤染衛門 やすらはで 寝なましものを 小夜ふけて かたぶくまでの 月を見しかな

阪本桃水(純子)書
歌意
あなたが来ないと知っていたら、迷わずに寝てしまったのに。あなたを待っているうちに夜がふけて、西にかたむいて沈んでいく月を見てしまいました。

歌の背景

関白藤原道隆が少将だったころ、赤染衛門の姉妹に「今晩行く」と約束していたのに、とうとう来なかった。その翌朝、赤染衛門が代わりにこの歌をよんで、道隆におくった。当時家族が本人に代わって歌を詠むことはしばしば行われた。
藤原道隆は、宮廷の中でも一番ハンサムで、冗談が好きで明るい性格、いろいろな女性との恋のうわさがあった。
作者プロフィール
.958年~1041年
赤染時用(ときもち)の娘。藤原道長の妻倫子と、娘の彰子に仕える。大江匡衡(まさひら)と結婚。和泉式部や紫式部たちと交流した。

歌碑

歌碑小倉百人一首文化財団建立
赤染衛門(あかぞめえもん)
赤染衛門(956年頃~1041年以後)は、平安時代中期の女流歌人。大隅守・赤染時用の娘。中古三十六歌仙・女房三十六歌仙の一人。

経歴
赤染衛門は赤染時用の娘とされる。しかし、赤染衛門の母親が前夫である平兼盛と婚姻していた頃に懐胎した後、再婚先である赤染家において、赤染衛門を出産したために、実父は平兼盛との説もある。後に、平兼盛は娘の親権を巡り、前夫の赤染時用との間で裁判を起こすが敗訴している。
赤染衛門は文章博士・大江匡衡と貞元年中(976~978)に結婚する。大江匡衡と赤染衛門はおしどり夫婦として知られており、仲睦ましい夫婦仲より、匡衡衛門と呼ばれたという。大江匡衡との間に大江挙周・江侍従等を設けた。赤染衛門は源雅信邸に出仕し、藤原道長の正妻である源倫子とその娘の藤原彰子に仕えており、紫式部・和泉式部・清少納言・伊勢大輔等とも親交があった。匡衡の尾張赴任にもともに下向し、夫を支えた。また、子の挙周の和泉守への任官に尽力して成功させ、病のときには住吉に和歌を奉納し病平癒に導いた話など、母としての像も鮮やかである
長元8年(1035年)関白左大臣頼通歌合出詠。長久2年(1041年)弘徽殿女御生子歌合出詠。『拾遺和歌集』以下の勅撰和歌集に93首が入集
長和元年(1012年)に夫・大江匡衡が逝去した後は、信仰と子女の育成に尽くしたという。
歌風
赤染衛門は平安時代中期において活躍した女流歌人として、和泉式部と並び称されている。その歌風は、和泉式部の情熱的な歌風と比較して、穏健且つ典雅なる歌風と評価されている。
Wikipediaより引用

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