百人一首の風景                24    25
百人一首の風景 奈良市 手向山 古今集
24菅家(菅原道真) このたびは 幣(ぬさ)もとりあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに 
菅原道真 このたびは
阪本桃水(純子)書
歌意
こんどの旅は宇多上皇の御幸のお供で急いで来たために道祖神にたてまつる幣を用意するひまもなく来ました。この手向け山のみごとな紅葉の錦を幣として、神よ、御心のままにお受け取り下さい。

手向山
 奈良市東部に位置する手向山は紅葉の名所として知られ、麓に手向山八幡宮が鎮座する。
 東大寺の東、お水取りで有名な二月堂と並んでいる。。大仏殿の東側に一の鳥居が建っている。
 東大寺の大仏殿建立のため、九州の宇佐八幡宮より東大寺の守護神として迎えられた。
 作者プロフィール
菅家(菅原道真)845〜903年
 平安時代の学者、漢詩人、政治家である。33歳のときに文章博士に任じられ、宇多天皇に重用され右大臣にまで昇った。左大臣藤原時平に讒訴され、大宰府へ権師として左遷されそこで没し、為に、朝廷に祟りをなし天神として祀られる。現在は学問の神として親しまれる。

歌碑(長岡天神・錦景苑内)
 
錦景苑
歌の背景
この歌は、宇多上皇の宮滝(奈良県吉野町)への御幸の時に詠まれたものである。当時は、旅の途中で道端の道祖神にお参りし、細かく切った紙や布を道にまいて、旅の安全を祈った。それが用意できなかったので、代わりに美しい紅葉を集めて、神様にささげましょうというのである。
 手向山は、奈良市奈良公園の背後にある山。山麓に手向神社がある。

菅原 道眞(すがわら の みちざね )
菅原 道眞(承和12年6月25日(845年8月1日) - 延喜3年2月25日(903年3月26日))は、日本の平安時代の貴族、学者、漢詩人、政治家。参議・菅原是善の三男。官位は従二位・右大臣。贈正一位・太政大臣。

忠臣として名高く、宇多天皇に重用されて寛平の治を支えた一人であり、醍醐朝では右大臣にまで昇った。しかし、左大臣藤原時平に讒訴(ざんそ)され、大宰府へ大宰員外帥として左遷され現地で没した。死後天変地異が多発したことから、朝廷に祟りをなしたとされ、天満天神として信仰の対象となる。現在は学問の神として親しまれる。
喜光寺(奈良市)の寺伝によれば、道真は現在の奈良市菅原町周辺で生まれたとされる。

Wikipediaより引用


手向山の麓(手向山神社・小鹿・二月堂・東大寺大仏殿)

手向神社

手向山麓の鹿

二月堂

東大寺
写真撮影2008年5月13日

所在地 奈良県奈良市雑司町434 手向山神社(東大寺三月堂前)
交 通 最寄駅 JR奈良駅・近鉄奈良駅から奈良公園までバス 下車徒歩10分
     第二阪奈道路奈良ICより15分
     

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(担当 / 阪本)