鉄道の町王寺 蒸気機関車D51in舟戸児童公園
 蒸気機関車(D51)が舟戸児童公園に、かって走っていた頃の状態で展示されている。
 舟戸児童公園の南側に連なる桜並木がトンネルのような空間をつくっており、桜の季節には来園者の目を引く公園のシンボルになっている。
場所:舟戸1丁目
王寺町の誕生と和の鐘(やわらぎのかね)
 明治から大正にかけて、王寺駅を中心とした鉄道網が整備され、農村であった王寺村に駅前で商店を営む人や、大阪方面へ勤めに出る人たちが急増した。そして、大正15年(1926)2月11日に「王寺町」が誕生した。
 「和の鐘(やわらぎのかね)」の名称は王寺町が聖徳太子とゆかりの深い土地。わが国初めての十七条憲法の第1条「わをもってとうとしとなす」を町の象徴にしている。

 
王寺駅前商店街(おうじえきまえしょうてんがい)
 明治23年(1890)に王寺駅が久度地区に設置されると、駅前に商店街が形成され、大正11年(1922)に信貴生駒電気鉄道が開通するころまでは、旅館や飲食店、駕籠・人力車を扱う店などが多く、信貴山への参詣者でにぎわっていた。
 その後、食料品や日用品を扱う店も多くなり、昭和初期ごろには「カフェー」や風呂屋、劇場などもあり、駅前商店街は大変にぎわっていた。
 現在は、再開発で駅前がロータリーに生まれ変わり、道路は拡幅され、大型商業施設等の整備で、昔の面影は少なくなっており、自動車の交通量が多くなっている。
場所:久度

亀の瀬地すべり(かめのせじすべり)
 亀の瀬地すべりは、昭和6年(1931)に大阪府堅上村(現柏原市)峠地区の山が大和川に向かってすべりだしたことから始まり、翌7年には、向かい側の王寺町藤井地区で大和川の川床が隆起して流路がふさがれ、大正橋や国道沿いにあった民家が浸水した。
 また、大和川の右岸を走っていた大阪鉄道の亀の瀬トンネルもこの地すべりで崩壊した。
 現在でも地すべり防止工事が続けられている。
場所:藤井
 
近代王寺の名所・旧跡
近代の王寺(明治時代〜昭和時代)

 古代から重要な交通路であった大和川。明治になるとこの大和川に沿って湊町から奈良間の鉄道が計画(大阪鉄道)され、明治23年(1890)に、奈良県初の王寺〜奈良間の鉄道が開通。翌24年に王寺〜大和高田間が開通、25年には湊町〜奈良間が全通した。大正年間には大和鉄道や信貴生駒鉄道が開通。これによって、王寺駅を中心に鉄道網が整備され、王寺駅前の久度地区には新しく商店街が誕生。農村であった王寺村も次第に交通・商業の町へと変身、大正15年(1926)に、王寺村は王寺町となった。
鉄道の町王寺 1890年(明治23年) 王寺町 蒸気機関車D51の展示
王寺町の誕生 1926年(大正15年) 王寺町 聖徳太子ゆかりの町
王寺駅前商店街 1890年(明治23年)王寺駅設置 王寺町久度 商業の町王寺
亀の瀬地すべり 1931年(昭和6年) 王寺町藤井 亀の瀬地すべり記念館